お寺の歴史

清水区長福禅寺の歴史
宗派 臨済宗 妙心寺派(禅宗)

創建 西暦 1286年(弘安9年)

開基 高橋判官 (大名付きの位の高い役職の人。詳細は不明)

開山 仏燈大光国師 (建長寺開山蘭渓道隆の弟子)
(約翁徳倹 やくおう とっけん 1245 – 1320)
建長寺 第15世
南禅寺 第5世

長福禅寺は静岡市清水区にある高台に佇むお寺です。

鎌倉時代中期
今より700年以上昔、弘安9年(西暦1286年)鎌倉建長寺より佛燈大光国師(ぶっとうだいこうこくし)を請じ、伽藍を整備、鎌倉時代に臨済宗の寺院として創建されました。創建以前より、禅宗寺院ではなく他宗派の寺院があったと伝えられています。
その時代から山麓に堂宇や山内寺院等がありました。

今川義元公よりの「寺領寄進状」
「長福寺に新給恩として寺領を与えるので寺務を怠りなく勤めよ。また、棟別・反銭などの諸役を免除するので、寺院の修造、勤行に励むように」というような内容で、天文7年(1538)6月12日付け 今川義元公の朱印「如律令」が捺されています。以後、この長福禅寺は今川・武田・徳川各大名家より書状を受け代々護られてきました。

16世紀
中興 藍水和尚(~1706)妙心寺に転位し妙心寺派に属す
静岡臨済寺末より、同じ妙心寺派である興津清見寺末へ変わり、
近隣にある清見寺末、十数ヶ寺の中心寺院となる

1685(貞享2)年に本堂再建
山麓にあった旧堂宇の材を使い、現在地へ本堂を建立しました。(※静岡縣庵原郡誌参照)

江戸時代以降
ちょうど日本は、江戸から明治へ変わろうとしている頃、この寺は修行道場として修行僧が集う時代がありました。
18代住職  白翁床雪(はくおうしょうせつ)和尚(聴松軒)
禅機超絶の僧といわれ、その名声を慕って多くの修行僧が集い、全国各地より修行僧や居士らが参集し日々研鑽に勤めていた記録が残っております。
月6回の托鉢日を定め、多くの修行僧等が求道と民衆教化のために近隣を托鉢し歩きました。当時、多くの修行僧の姿が見かけられた事もあり「絶えざるものは山原坊主」の言葉が残っております。その頃、近隣の諸大徳(各御寺院等)より寄進を受け、坐禅堂を建立。

禅堂はのちに地域へ寄進をし、飯田村役場として利用されました。